6.24.2013

Mick Ronson Interview - Part 6

INTERVIEW BY STEVE ROSEN, DEC 1976
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——ボウイと一緒に演ってたころって、他のミュージシャン達とセッションするような機会はあった?
MR:いや、なかったね。他のミュージシャンとかアーティストなんかとジャムる機会はまったくなかった。一度も。そういうのって、ミュージシャンにとってはやっぱり珍しいことなのかな?
——ミュージシャンなら、いつでもいろんな人とセッションするのが好きそうなものだけど。
MR:アメリカではそうなのかもしれない。イギリスではそんなでもないんだよね。理由はよく判らないけど。イギリスではそういう機会自体があまりないんだ。イギリスでも、そういうカンジ(セッション文化)になればいいのにね。どっかに1つか2つ、機材が常備されてて、ミュージシャンが皆集まって、自由にプラグインできて、色んなミュージシャンと気軽にセッションできるような場が、ね。そうなったら素晴らしいのに。
——アメリカのミュージシャンと、イギリスのミュージシャンでは、やっぱり違いがある?
MR:あー、自分の経験からしか答えられないけど、そういうセッションの機会とかを僕自身がそんなに経験してないから、セッションに参加するミュージシャン達がどんなアプローチをするのか、イギリスとアメリカでどう違うのか、は判らないんだ。僕個人としては「全然違うなあ」と感じたけれど、何がどのくらい違うか、は判らない。多面的に検証したわけでもないし。もし僕がアメリカを縦断してれば、言えることもいろいろあるんだろうけど。でも、概してアプローチがどう違うか、とかは大差ないだろう。セッションは得てしてルーズな演奏になるもんだし。ギタリストは、ギター持って、演奏をおっぱじめて、歌って、なんかやって、みたいな。でもそれが最高なんだけどね。健全だろ?

※76年5月発表のロジャー・マッギン(元バーズ)の4枚目のソロ『CARDIFF ROSE』はミック・ロンソンのプロデュース。ギターやピアノ他多くの演奏でも貢献。
——そういえば、ロジャー・マッギンと一緒に仕事したよね?
MR:そう。ニューヨークでやった。多くのミュージシャンはNYにいるからね。僕もNYに住んでた。ロジャーもNYに住んでた。だから、一緒にツルむようになって、そんなこんなで演奏もするようになった。そういえば、新聞の広告に書いてあったんだけど、ロジャーと僕とで、いくつかライヴをやる計画があるんだって。実現すれば、単純に楽しいだろうと思うし、一緒にプレイするのも楽しみだ。でも、西海岸出身のミュージシャンもいるし、僕等はどこかでライヴやろうかなんていう話し合いをしたことはないんだけどね。プロモーターは「ライヴをやるべきだ」って考えたんだろうな。
——プロモーターはあなたとマッギンには何の確認もなく、ライヴをブッキングしてるの?
MR:あー、実際には、少しだけ話には出たことがあるよ。でもその時は「いやいや、それはやりたくないなあ」と言ったんだ。でも広告にはいまだに書いてあるし、ライヴの名義は「WITH THUNDERBIRDS」とか書いてあったけどね。名前、THUNDERBIRDSであってたっけ?(註:正確には「THUNDERBYRD」)プロモーターのそんな所業にはちょっと疲れ果ててしまったね。信じられないよ。僕の言いたいのは、ライヴは別にいいんだよ、一緒にプレイするのは全然楽しいだろうとは思う。でも、そんな風にビッグ・プロジェクトのように装うための道化にされるのはゴメンだね。もし誰かがギターをプレイする時に、他人から「さあ皆さん、ギターを弾きたいって言ってる人が今からギター弾きますよ!」なんて横から言われたくないだろう? ギタリストは、ただシンプルにやる気を出して、シンプルにプレイする、そうあるべきだ。そうでなければ、そんなワケのわからない広告とかの及ばない他の国とかにでもいって、プレイする。告知なんて、地方のちっちゃなローカル新聞とかで十分だ。
——名前で客寄せとかは、したくない、と。
MR:プレイする上では、そのほうがいいね。ホントに小さなバーでのライヴ、もしくはその真逆の、ホントに大きなイベントなんかで演奏するのなら(名前で客を呼ぶのも)構わないけど、そのどちらでもない、中規模なライヴでそれをやるのは我慢できない。何が問題かといえば、実際に演奏するプレイヤーへのリスペクトを皆失ってしまうと思うからね。その名前に惹かれてライヴを見に来た観客さえも、ね。それをやった瞬間に、プレイヤーではなくビジネスマンになってしまう。そういうビジネス・トークばかりがいつも人の話題になるのはそんなに気持ちのいいモンじゃない。そういうヤツなのか、って間違った印象を持たれたくもないから。でも僕個人の話としては、クラブに言って演奏するのは何ら問題ない。ニューワースだって先週…… いや、先週じゃないか、とにかく今年の夏のことだけど、NYのグリニッジ・ヴィレッジにあるアザーエンドっていうクラブ(註:同所は70年代に一時期だけ「OTHER END」という名で営業していたが、それ以前、もしくはそれ以降も「BITTER END」という名で営業。カーティス・メイフィールドやダニー・ハサウェイのライヴ盤も録音された、有名なクラブ)でプレイしてた。そのクラブは僕が初めてディランのバックバンドのメンバーと会った場所なんだけど、その時も僕はいきなりステージに立ったんだ。参加してたミュージシャン達も、お互いが何ものかはよく知っていたけど、契約とかは一切関係なし。それは素晴らしい体験だったよ。だから僕も、そうありたいと思ってるし、そういうスタンスでいたいんだ。
——もし、キッチリとした了承の上で告知されていたら、ロジャー・マッギンともライヴをやってた?
MR:参加するミュージシャンに関して程よく「ルーズ」が担保できてたら、やる気も出るし1〜2曲参加するのは全然いいよ。上手くいくだろうと思う。でももし「さあ、皆さんお待ちかね、遂に伝説の〜〜が登場だ! 1976年、新しいバンドの誕生だ!」みたいな言い方をされるのであれば、観客はそういうモンだと思って見にきちゃうだろうし、そんなのは願い下げだね。

※73年に袂を分かった2人だが、実際にはその後ロンソンとボウイの共演は83年ボウイのツアー中カナダにて1度、その後は晩年93年にフレディー・マーキュリー追悼ライヴで1度だけ、となった。写真は83年9月4日のもの。
——ボウイともう一度一緒にやる、なんてことは?
MR:え? もちろん喜んで。デヴィッドのことは大好きだし、本当に頭のいい人物で、素晴らしい曲を沢山書くし。今後も沢山の名曲が生まれるだろうし、彼ともしまた一緒に演れたら凄く楽しいだろうね。以前、ある質問に答えて僕は「もしまたボウイを見かけることがあったら、蹴飛ばしてやるつもりだ」って言ったことがあるんだけど、もちろん彼のことが大好きだから、ね。
——あまり仲のいい2人のセリフには思えないんだけど。
MR:文字通りの意味に捉えないで欲しいんだよ。その時、彼に改心して欲しかったんだ(註:75年のとあるインタビューにてミック・ロンソンがボウイに関してした発言——「いい加減にデヴィッドは自分を立て直すべきだ。今の彼はもうムチャクチャ。たった今この部屋に入ってきて、僕の目の前に座って欲しい。僕が彼のケツの穴を思い切り蹴飛ばして分からせてやるよ」を指す。アメリカでコカイン中毒になり、体もガリガリにやせ細ったボウイに対して、旧友として助言したもの)。判ってもらえるかな? 友人だし、仲違いしたいとは思わない。僕はさっき言ったようなやり方でやってきたし、簡単にリスペクトされたい、チヤホヤされたい、収入を増やしたいからといって、友人関係とかを利用するつもりはない。もう長いことボウイには会ってないし、僕も、彼からも、電話をしたことすらない。今彼がどこで何してるのかも知らないし、彼も今僕がどこにいるか、知らないだろう。僕は彼を尊敬してるし、彼の音楽も大好きだから、さっきのセリフを少し後悔することもあるんだ。
——人として、もしくはアーティストとして、ボウイとディランは全然違うタイプ?
MR:ディランはアメリカ人、ボウイはイギリス人。それぞれ思い描く理想みたいなのはやはり違うね。
——ディランとの共演のあと、ファンがあなたを見る目は変わったと思う?
※75年から76年にかけて行なわれたボブ・ディランの「ローリング・サンダー・レビュー・ツアー」は、76年5月の公演の模様がアルバム『激しい雨(HARD RAIN)』として76年9月に発表、またこの時のライヴ映像が米NBCテレビで放映されてもいるが、映像は現在も未ソフト化。またその半年前となる75年冬に行なわれたライヴの模様が「ブートレッグ・シリーズ」の第5弾としてCD化され2002年に発表されている。こちらには初回特典としてDVDが付属したが、2曲のライヴ映像が収録されたのみ。
MR:知らないな。それについては考えることすらない。僕を知っている人にとっては意味のある質問なんだろうけど。人が僕をどう思うのか、なんて、考えることは一切ない。僕が自分の立ち位置をエンジョイできている間は、僕にはまったく関係のない問題だろうね。僕のやったことを好きになる人もいるだろうし、そうでない人もいるだろう。「なんでロンソンはあんなヒルビリーみたいな、糞な音楽やってるんだ? 今まで演ってきたような路線に戻ればいいのに」って考える人もいるだろう。まあまた以前のようなモノをやるのもいいんだけど。過去にやったことを続けるってのも、素晴らしいことだとは思うから。でもちょっと「お手軽」だし、いつの時代の僕を再現すりゃいいのか、なんて誰にもわからないよ。全然違うタイプの曲があるんだし。以前やってたような、ハードなロック・ナンバーを今も演奏するけど、今では共演するミュージシャンも違うし、そういうことだよ。だから今まで演ったこともないミュージシャンと、今までやったことのない曲を演る。いつもそうやって動いてるんだ。人々がそれを気に入ってくれないとしたら、僕はもう次に何をすればいいのかさえ判らないね。僕の演るものを気に入ってくれれば、と願うだけだよ。おそらく気に入ってくれるだろう、と思ってるし、ある程度確信もあるんだけど、もしそうでなければ何もできなくなるね。そういうリスクを背負う覚悟はもちろんあるけど、おそらく皆、気に入ってくれるだろう。
——ローリング・サンダー・レビューのメンバーでは、アルバムを作らないの?
MR:えっ、僕には判らないよ。でも多分ないんじゃないかな。ツアーは全部撮影されてたんだけど。将来的に映画を公開する予定があるとかなんとか、そういう時のために一応抑えた映像だとは思うんだけど、どこかのタイミングでその映像(の音源)からアルバムを作ることもあるかもしれない。フィルムとアルバムを一緒に公開する、とかよくあることじゃない? でもその時はまたディランとレコーディングをすることになるかもね。
——ディランと一緒に、歌ってみたい?
MR:そりゃね。でもステージの上で、ってこと?
——そう。
MR:あー、そりゃ勘弁してくれ。バスタブの中ならオッケーだけど。


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