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8.29.2012

JMI - Tone Bender MK1.5 (Mullard OC75 Limited)


 新製品のご紹介です。先日チラリと「JMIの新製品がありますよ」と書いたことがあるのですが、やっと手元に届きました。その経緯を含めて書いてみたいと思います。

 簡単に言えば、TONE BENDER MK1.5です。基本的に今までのものと変わりありません。が、なぜ新製品かといえば、トランジスタが違うからです。今回はイギリスのMULLARD製の古いOC75を使いました。
 以前からMK2のリイシュー品ではこの英国MULLARD製のOC75を使ったものが(金色と銀色の2種類で)出ている事は書いてきましたし、現在も手元に在庫もあるので絶賛発売中、ということになりますが、そのMK1.5版、ということになります。

 「ねえ、まだMULLARDのOC75て残ってるの?」「ああ、あるよ」「じゃあそれでMK1.5作らない?」「ああ、いいね」そんなやりとりを英国JMIとしました。たしか春ごろのことだったと思うので、もう半年くらい前のことですが。えへへ、つまり、今回の新製品も当方のワガママから出来上がった、ということになりますねえ(笑)。

 そういうワケで、回路自体はこれまでのMK1.5と変わりありません。筐体も、シルヴァーグレイのバージョンを使用しており、パっと見た目は以前と変わりありません。が、裏をみるとちょっと違いますね。ゲイリー・ハーストのサインがプリントしてあり、「TONE BENDER INVENTOR(開発者)」とのクレジットが、そして「THE CLASSIC BRITISH EFFECT」という文字も入っています。

 ここでまた余談になりますが、当然ゲイリー・ハーストは今もJMIと仲が良くて、いろいろと協力関係にもあるわけですけど、JMIのボス、ジャスティン・ハリソンが「ゲイリー・ハーストていうブランドでTONE BENDER出そうかなあ。サインをババンと入れて。どう思う?」と当方に聞いてきたことがあります。
 で、こう答えました。「ああ、いいかもね。でもサインを表にババンと入れるのはやめてよね。見た目は昔(60年代のオリジナル)と全く同じにしたほうがいい、と思うから。だからサイン入れるならバックパネルか筐体の中か、どっちかにしてほしい」。結果、サインに関してはそうしてくれた、てことになりますね。ゲイリー・ハースト・ブランドがどうなるのかはまだ決まって無いようですが。

 閑話休題。トランジスタはとても貴重な大昔のOC75ですから、そんなに状態(見た目での)がいいわけではありません。それでもしっかりMULLARD/GREAT BRITAINの文字が残っているのは幸運、というしかないですが。同様に、どんな数値でも選べる、というほど豊富なストックなぞあるわけでもないので、当然のようにバイアス・コントロールのための内部トリム・ポットを採用しています。

 早速音を試してみました。んー、通常の(無印OC75を使った)JMIのMK1.5とそんなには変わりませんね(笑)。細かい違いを探ろうと思ってしばらく弾き続けて、感じたことを以下に書いてみます。MULLARD版のほうが、飽和するポイントが少しだけ早いようです。なので、通常版よりもツマミの位置決めをするときに慎重になりますね。
 ギターのボリュームには十分に(他のMK1.5製品と同様に)ビンビンに反応しますが、その滑らかさ(歪みの深さではなく、そのグラデーションのかかり具合、という意味です)はやや違いました。ギターのボリュームを増やしていくと、MULLARD版のほうが、一気にグワっと歪みが持ち上がるポイントがあります。
 ただしこの点は、TONE BENDERをお試しいただいた方であればお判りかと思いますが、ギターのピックアップの出力等に関係してくるポイントでもあるので、お手持ちのギターによって少しずつ印象は違うかもしれません。もともとMK1.5はそれほど音量がドバッと持ち上がるファズではないので、その点は通常版どおりですね。

 もちろんMK1.5はゲイリー・ハーストの監修で発売されていますので、裏蓋のサインだけでなく、認定書にもサインが入っています。

 さてさて、このファズは上記したように日本のヘンなファズ・マニアのワガママで作ってもらったものなので、その製造数は決まってません。一応日本向けに3ケだけ入荷しましたが、ご希望の方にはもちろんお譲りします。値段はMULLARD OC75を使ったMK2と同じになります。一応、1ケは当方が使おうと思ってるので、お譲りできるのは2ケのみ、ということになりますが、興味あるかたはご希望の方はこちらからメールでお問い合わせいただければと思います。

 最後に、このファズとは直接関係ありませんが、ゲイリー・ハーストのプチ情報(笑)です。もう2ヶ月くらい前のことになりますが、JMIはゲイリー・ハーストのインタビュー動画を制作し、YOUTUBEにアップしています。ので、それをここに貼っておきます。5分ほどの動画ですが、60年代のTONE BENDERのこと、JMIでのリイシュー品のこと、そんなことを語っていますね。
 動画の中でも「裏蓋のゲイリー・ハーストのサイン」に関してちょっと出てきますが。まあハッキリいってサインがあろうが無かろうが音には関係ありません(笑)。そして、なぜかバックにT-REXの「RIDE A WHITE SWAN」を使っていますが、この曲はおそらくTONE BENDERではない、と思うんですよね(笑)。

 まだまだ写真や関係者の証言といったモノはないので、推測の域を出ない、という情報ですが、マーク・ボランはJOHN HORNBY SKEWS(JHS)社のSHATTERBOXを使ってた時期があります。なので、「RIDE A WHITE SWAN」もそうなんじゃねえか?というのが現時点での大方の意見です。パリパリっとした歪みなので、トレブル・ブースト(RANGEMASTER)の可能性も否定できませんが、ソロで出てくる「明らかなファズの歪み」はRANGEMASTERでは出ないものですし。SHATTERBOXならファズ+トレブル・ブースト、というエフェクターなので、可能性も高いなあ、と思っています。
 ただし、この曲を宣伝に使ったのは理由が2つある、ということを知っています。ひとつは、ジャスティン・ハリソンが大のT-REXファンだということ、もうひとつは、JMIが最近SHATTER BOX(金色でフットスイッチが2ケついた、JHSのSHATTERBOX)を復刻したからです。そちらはまだ未入荷ですが、届いたらあらためてご紹介しようと思っています。


4.03.2010

Gary Hurst Interview part 6

 インタビューの最終回です。現在ゲイリー・ハースト氏はイギリスのJMIブランドがガンガン復刻している各種ファズの復刻品に協力していることもあり、ここではその辺を中心に伺っています。
——あなたが60年代にデザインした各種TONE BENDERは、未だにギタリストに愛されて止まないわけですが、TONE BENDERに何か特別なポイントがあるとすれば、それは何だと思いますか?
G:どうだろうな。世界中のコレクター達が、オリジナルのTONE BENDERを探し続けているよね。だから、私自身で、全く同じ回路で、当時と同じものを作った。それがJMIのTONE BENDERのリイシュー・ペダルだ。だからどれも限定品なんだ。今の時代にあえてリイシューするなら、可能な限りオリジナルに近くないと意味がない。外観、つまり筐体から、回路、パーツの全てに至るまで、ね。ただし、古いトランジスタを回路に使えば、どうしてもオリジナルにはなかったハズの余計なノイズが生まれてしまう。だから昔やった時よりも難しい作業になるんだけどね。
——今、あなたは近年復活したJMIブランドのエフェクターに多く関わっていますが、その経緯は?
G:現JMIのリック・ハリソンは、もう何十年来にもなる私の友人だ。彼の息子ジャスティン(現在MUSIC GROUND店主/写真上の右側、黒Tのクールガイが彼)もね。彼らから「戻ってこいよ、また一緒に仕事しようぜ」と何年にもわたって頼み込まれてね(笑)。彼らには「またオリジナルのTONE BENDERを発売したい」というアイデアがあった。それでまたデンマーク・ストリートのバックルームの世界に舞い戻ったわけだ(笑)。TONE BENDER以外にも、私が昔デザインしたペダルがいくつかJMIから近日中に復刻されることになっている。
——JMI版TONE BENDER MK1には、今となっては極めてレアなのTI社製2G381(写真は最近当方が入手したNOSパーツ)が使用されていてビックリしたんですが、やはり重要なパーツなのでしょうか?
G:なぜ2G381を使用したかといえば、オリジナルに忠実に作ったから、それだけだ。勿論バイアスを正確に合わせたトランジスタであれば、他にもベターな選択肢が沢山あるのは知っているが、JMIのMK1に関しては「本物のMK1」であることが必要だった、ということだね。
——JMIからはMK1.5、MK2のみならず、RANGEMASTER(オリジナルはダラス社)やBUZZAROUND(オリジナルはBURNS社。ロバート・フリップがキング・クリムゾン「21ST CENTURY SCHIZOID MAN」で使用したことで有名)もリイシューされていますが、それらの回路もあなたが手がけたのでしょうか?
G:いや、私がやっているのはTONE BENDERの回路だけだ。MK1、MK1.5、それから60年代や70年代に私が開発したファズだね。そういえば、70年代に私が開発したDOUBLERというファズ・ペダルがあるんだが(オリジナルはCBSアービター社)、これはTONE BENDERとは全くカラーの違うオクターヴ・ファズ・サウンドを持つんだけど、これも近日中にJMIからリイシューすることになってる。雑誌のスペースを開けて、待っててくれよ(笑)。
 JMIが復刻したTONE BENDERに関しては、後ほど別項にて紹介したいと思っているのですが、ここではTONE BENDER以外のJMI復刻ファズを簡単におさらいしようと思います。
 まず、BUZZAROUNDは上記したようにロバート・フリップが使用した、ということで有名なファズで、デイヴィッド・メイン率いるD.A.Mからもこのクローン・ペダルFUZZAROUNDが限定で製作発売されたこともあります。オリジナルは極めてレアな個体なので、待望の復刻、ということにはなるのですが、掲載したオリジナルと寸分違わぬデザインで復刻されています。トランジスタにはNKT213というゲルマ・トランジスタが3ケ使用されています。

 それから、ゲイリー・ハーストが70年代に開発し、CBSアービター社から当時発売された英国産オクターブ・ファズ、DOUBLER。こちらも現在現物を拝むことは不可能に近いレア・アイテムですが、まだJMIから正式なリイシューのアナウンスはされていません。ノーマル・ファズとオクターブ・ファズ、それぞれ独立したフット・スイッチが搭載されている、ちょっと変わったモデルですね。

 そしておそらくファズ・マニアが一番驚いたのが、トレブル・ブースターの歴史的名品、と言っても過言ではないダラス社のRANGEMASTERの復刻品。実はこれ以前にJMIはRANGEMASTER回路をTONE BENDERのグレー・ハンマートーン筐体に収めた、というなんだかよくわからない(笑)トレブルブースターを発売していましたが、あのダラスの四角い筐体まで完全復刻して現在限定100ケのみ、発売されています(MUSIC GROUNDのお店までわざわざこの復刻版を買いにきたゲイリー・ムーアの可愛らしい写真が、今JMIのHPに掲載されていますね。笑)。実は今当方の手元にはオリジナルのRANGEMASTERがあるので、どこかでヒマがあれば、復刻品も入手し比較検証しようかな、とも思っています。
 インタビューは以上になりますが、何度か彼とやり取りした中でキツーく言われたことがあります。それは「TONE BENDERは2ワードだからな。よく繋げて(1ワードで)書く困った野郎がいるんだが、気をつけろよ」とのことです。コマケエなあ(笑)とも思いましたが、オリジネイターがそう仰るのだから、勿論従います。
 実はつい先日も別な用件で彼の話を聞きたいことがあったのですが「ん?わかったよ。じゃあドイツのミュージック・メッセ(3月末・フランクフルトで開催)に来い」とか言われてしまいました。そんなお金も時間も無かったのでその申し出は丁寧にお断りせざるを得なかったのですが、別な機会があれば是非お会いしてみたいです。

3.26.2010

Gary Hurst Interview Part 5

 ゲイリー・ハースト・インタビュー、第5回になりますね。今回はTONE BENDER MK2以降の話になります。
——MK1.5と呼ばれるTONE BENDERを経て、66年の中頃にソーラーサウンド社から、先ほどもおっしゃっていたTONE BENDER PROFESSIONAL MK2が発売になりますが、これでは再びゲルマニウム・トランジスタを3ケ使った回路になってますよね。回路をまた変えた理由は?
G:ファズを使うギタリスト達は、もっともっと長いサステインを欲していたんだ。特にソロ・ノートのためにね。だから、MK1.5回路の前段にインプット・ブースト用のトランジスタを1ケ付け加える事にした。それがPROFESSIONAL MK2となって発売されることになった。最初に「そうしてくれ」と私に言ってきたのはトム・ジョーンズのバック・ギタリストだったミック・ジー(Micky Gee)*1 だった。彼はエレキ・ギターでブラス・セクション(管楽器)のようなサウンドを再現したがっていたからね。レコーディングでも彼はMK2を使ってそういうサウンドを出してるよ。
——丁度そのMK2と同じ頃だと思うのですが、イタリアの工場に製造委託をしてVOXブランドがTONE BENDERを発売し始めています。それにもあなたは何らかの関与があるのでしょうか? 回路のデザインとか。
G:いや。あれはソーラーサウンドがVOXの名を付けて発売したPROFESSIONAL MK2、つまり私のデザインした回路を持った英国製のTONE BENDERのバッド・コピーだよ。なぜかトランジスタを2ケ、という回路に戻してしまった。
——ソーラーサウンドが手がけたファズで、1ノブで青い筐体に入った、FUZZ BOXというファズがあります。90年代に一時期リイシューされたりもしたのですが、そのオリジナルは、ちまたではジェフ・ベックやデイヴィッド・ギルモアのためにあなたが60年代の終わり頃にカスタムメイドしたものだ、と言われています*2 。それは本当ですか。
G:いや。違う。
——今、世界中でTONE BENDERのクローン・ペダルが沢山ありますが、オリジネイターのあなたとしてはどういったご感想をお持ちなのでしょう?
G:まったく心配していない。誰だってコピーしていいんだ。もし誰かが「ゲイリー・ハースト本人が作ったもの」がどうしても欲しい、というならば、私にコンタクトをとればいいだけだ。そしてコピーはコピー。それだけだよ。
——60年代以降、音楽シーンであなたが開発したファズ・ペダルが大人気になって以降、どういう気持ちでそれらの新しい音楽を聞きましたか?
G:ヴィック・フリックが最初のファズを使って以来、ヤードバーズやデヴィッド・ボウイのアルバムで私の機材が実際に使われていたんだからね。この音に「私は大きな貢献をした」という事実。そりゃあ、嬉しかったよ。
*1 60年代にトム・ジョーンズのバック・バンドに在籍。その後はジョー・コッカー、クラプトン、ゲイリー・ムーア・バンド等で活躍したギタリスト。現在ブログやってますね。
*2 これは90年代にソーラーサウンドFUZZ BOXが再発売されたとき宣伝文句として使われた説明文です。現在ソーラーサウンドのオフィシャルHPを読めばわかりますが、FUZZ BOXはもともとVOX/JMI社のディック・デニーがテープエコー・マシンに内蔵するために開発したファズ回路をもとに、それをノックダウンしてペダルとして再構成されたファズ、とあります。つまりゲイリー・ハーストとは関係ないだろう、と思ったので、その真偽を知りたくて聞いた質問だったのですが、回答はやはり予想通りでした。ただし、このディック・デニーのファズ回路は63〜64年頃に開発されたらしく、ゲイリー・ハーストのTONE BENDER MK1が世に出るよりも早い時期にあたります。
 おそらく前述したビートルズのTONE BENDERに関するディック・デニー氏の誤解は、このFUZZ BOX回路を自分が早い時期に作ったことに起因するもの、と思われるのですが、既にオリジナルのFUZZ BOX回路がどういうものだったかは現在では知る術がありません。90年代に復刻されたFUZZ BOXは、シリコン・トランジスタのBC109(もしくはBC108)を2ケ使用した回路になってました。それから、おそらく世界で最も単純なファズ回路のひとつだろうと思われるこのFUZZ BOXの基盤は 1cm × 5cmくらい、という小ささです。
 余談になりますが、横浜・元町にあるギター・ショップCRANE GUITARSが昨年VOX KENSINGTONという激レアなVOX製ギターのレプリカを製作したのですが、その内蔵エフェクターのファズ部分には、このFUZZ BOXの回路が組み込まれています。やはりビートルズ&VOXといえばディック・デニーでしょ、というわけで、製作の際に当方が助言させていただいた次第です。(この項続く)

3.10.2010

Gary Hurst Interview Part.4

 では、ゲイリー・ハースト・インタビューの続編です。MK1.5に関して話してもらっています。
——MK1発売の後、ソーラー・サウンドがシルヴァー・グレー・ハンマートーンの筐体でOC75を2ケ使用したTONE BENDERを発売しています。現在MK1.5と呼ばれているものですが、ほんの僅かな期間だけの発売だったようです。このMK1.5はあなたがデザインしたものですか?
G:そう。最初のMK1の回路を、更に洗練させたかったんだ。もっと安定させたかった。それで2ケのトランジスタの回路を持ったMK1.5がその当時の私の回答、というわけだ。できることなら、私はこっちのモデルをMK2と呼びたいんだよね(笑)。その後に出た3ケのトランジスタ回路になったMK2には「PROFESSIONAL」と入っているんだから、十分に差別化できてるだろう?
——できてないと思います(笑)。ええと、MK1.5の回路はダラス・アービター社のFUZZ FACEとほとんど同じ回路だ、ということは今皆が知っていることなんですが、実際にはどちらが先だったのでしょうか? あなたはFUZZ FACEの回路に何かしらの関わりがありますか?
G:サーキットは全くそっくりだよね。でも関係ない。TONE BENDER MK1.5のほうがFUZZ FACEより1年以上先に完成しているよ。(註:FUZZ FACEが始めて登場したのは66年の終わり頃、とされているので、実際には1年もの開きはないハズです。また正確にはまだダラス社と合併する前の「アービター社」から発売されました。当方がウッカリ「ダラス・アービター」と質問してしまったので、1年以上、という答えをしたのかもしれません)
——ポール・マッカートニーが『RUBBER SOUL』セッションで使ったTONE BENDERについて教えてください。未だにファンは混乱しています。写真で見る限りグレーのハマートーンの筐体で、時期的にMK1.5と考えられるのですが、籍『BEATLES GEAR』(註:アンディー・バビアック著/日本語版はリットー・ミュージックから2002年に発刊)等によれば、VOX/JMIの技師ディック・デニーが「あれは俺が64年頃に作ったもので、65年の年頭にポールに渡した」と言っています。
G:あれは間違いなく私が作ったTONE BENDERで、MK1.5だ。VOXやディック・デニーとは全く関係ない。ある日、ビートルズのオフィスから私のところに電話がかかってきたんだ。いわく「ビートルズが今ケンブリッジ・サーカスでリハーサルをやってる最中なんだけど、そこにTONE BENDERを2ケ持ってきてくれないか」と。そのスタジオは私の工房からわずか100mの場所だったから、早速持って行った。そしてそのまま数時間彼らのリハーサルにつき合ったよ。スタジオの中にいたのは、ビートルズのメンバーと私の5人だけだったよ。
 ディック・デニー(VOX AC30を開発した人物として有名ですね)の証言については『BEATLES GEAR』という本にて、著者が97年にデニー氏本人にインタビューした際の発言として記載されています。ただ64年〜65年初頭という時期は、これまで書いてきたようにまだMK1も完成しておらず、また丸みを帯びたグレイ・ハンマートーンの筐体も存在していない時期にあたります。「THINK FOR YOURSELF」とアルバム『RUBBER SOUL』の録音は65年後半〜66年頭、さらに加えて、音源から伺えるのはトレブリーなファズ・サウンドで、ゲルマ2石のMK1.5的な特徴を持っています。ディック・デニーの言質の真偽を確かめるための質問だったのですが、これで少しスッキリできました。

 ゲイリー・ハーストは最近、自身が手がけた復刻版JMI製TONE BENDERのための販促用PDFに、簡単なヒストリー文を寄稿しているのですが、そこからビートルズに関するエピソードを以下に拾ってみました。上記インタビューと内容がカブりますが、以下翻訳して全文を載せてみましたので、併せてお読みいただければより事情が明快になると思われます。
 TONE BENDERとビートルズの関係。それは思うに、ある日の1本の電話で始まった。電話の主はビートルズのロード・マネージャーだったマル・エヴァンス。いわく「ケンブリッジ・サーカスのシアターまで、TONE BENDERを2ケほど持ってきてくれないだろうか」と。私のいたデンマーク・ストリートから歩いてすぐの場所だったので、直接もっていくことにした。私がVOXのテクニカル・サービスをやっていた頃から、その後会社(JMI)を離れてフリーになっても、いつでもどこからでも何かあると彼(マル・エヴァンス)は私に電話をしてきたものだ。ただ、その時唯一私が抱えていた懸念は、ケンブリッジ・サーカス・シアターの場所を私は正確には知らなかったことだ。
 付近までたどり着いたら、懸念はすぐに解消された。視界に入った側道に、ジョン・レノンのロールスロイス(たしか、ナンバーはFJB111Cだったと思う)が横付けしてあったのを見つけたからだ。そのシアターは既に劇場としては使用されてなかった建物で、ビルの裏口から私は入っていった。グラグラと揺れて異臭がするようなボロっちい階段を昇っていき、小さな木のドアを開けて部屋に入ると、そこにはザ・ビートルズが、彼ら4人だけがそこにいた。他には誰もいなかった。そこでの4人だけのセッションに、私はしばらくつき合うことになった。
 ポール・マッカートニーは『RUBBER SOUL』に収録されている「THINK FOR YOURSELF」のファズ・ベースで、TONE BENDERを使った。1966年のことだ。同じTONE BENDERを、ジョージ・ハリソンは続く66年のアルバム『REVOLVER』の中で使用した。これらの事実はビートルズとTONE BENDERの関係に関して、『BEATLES GEAR』に記載された事柄に修正が必要であることを述べるものである。
 この後、我々(当時のソーラー・サウンドのこと)はVOXの名を冠したTONE BENDER PROFESSIONAL MK2をOEM製造することになるが、まだその頃VOX/JMIは自身ではTONE BENDERを製造はしていない時期である。その後彼らはイタリアでTONE BENDERをOEM製造させたが、それは「TONE BENDER」の酷いコピー品だった。イタリア製のTONE BENDERはコストダウンのため、トランジスタが2ケという回路に改悪されたものだ。もしどこかに「ビートルズが使ったVOX TONE BENDER」という文言があれば、それは95%以上の確率で、VOX製ではなく私、ゲイリー・ハーストが作ったTONE BENDER(MK1.5)を指す。
 とまあ結構ケチョンケチョンな言い回しではありますが(笑)、イタリアンTONE BENDERに関しては後ほど別項にて触れたいと思います。それからディック・デニーに関して付け加えると、彼は確かに60年代中頃にファズ回路の製作にトライしてますが、それはいわゆるペダル・エフェクターではなく、90年代になってからそのファズ回路を再発見したソーラー・サウンド社によってDICK DENNEY FUZZ BOXという形にノックダウンされて発売されました。(この項続く)

3.05.2010

Gary Hurst Interview Part.3

 
 ゲイリー・ハースト・インタビューの続き。今回は「MK1の製作過程の巻」です。左の写真は、多忙な中ロンドンを訪れたゲイリーさんの図、ですね。
——オリジナルのファズ、TONE BENDERを開発した最初の経緯を教えてください。
G:「JAMES BOND 007 THEME/ジェイムス・ボンドのテーマ※1 って曲、知ってるだろ? あれのギターを弾いてることで有名なヴィック・フリック(VIC FLICK)っていうロンドンのセッションマンがいてね。
——ジョン・バリー・セヴン※2 のギタリストですよね。
G:そう。彼が私の工房にマエストロ FUZZ TONE※3 を持って歩いてやってきた。そしてこう言うんだ。「これ、どうにかなんないかな。中をいじって、もうちょっとマシな音にならないかな」と。早速パーツを全部バラバラにしてチェックしてみたんだけど、別に故障してるわけでもなく、最初に設計された通りの音しか鳴らなかった(笑)。それでモディファイすることにしたんだけど、その時に私は彼に言ったんだよ。「なんなら作ろうか? もっと使えるものを」って。それで新しいペダルを作ることになった。これがTONE BENDERの一番最初のプロトタイプだよ。木製ケースに入ったものだ。
——なぜ、木製ケースだったのでしょう?
G:簡単だ。沢山作るつもりもなかったし、ロンドンで鉄製のケースを用意するのは簡単じゃなかったからね。60年代の話だからね。木製ケースの試作品は1日で合計10ケ作ったのを憶えてるよ。
——TONE BENDERっていう名をつけたのはどなたでしたか? 名前の由来は?
G:私が付けた。回路の持っている意味、それをそのまま名前にしただけだ。BENDS THE TONE、つまり、歪ませることによってギターの電気信号の波形を変える、って意味だね。
——電気的に、最初のTONE BENDERにおいて最も重要なことは何だったんでしょうか?
G:とにかくその当時、最も新しい、変わったギター・サウンドが出せる、ということだね。
——現在MK1と呼ばれている金色のTONE BENDERといえば、ピート・タウンゼンド(ザ・フー)、ミック・ロンソン、それからビートルズも使用した、ということですが、彼らとのエピソードは何かありますか?
G:奇妙な事に、ピートやビートルズのメンバーとは何度も会ったし沢山仕事をしたんだけど、ミック・ロンソンとは会った事もないんだ。他にも私はジェフ・ベック、ツェッペリン時代のジミー・ペイジ、スティーヴ・ウィンウッド、スペンサー・デイヴィス等、他にも多くのミュージシャンと仕事したんだけどね。※4
——MK1は欧州製のトランジスタ(OC75)と、アメリカ製のトランジスタ(2G381)という組み合わせなのですが、その組み合わせにはなにか特別な意味があったのでしょうか?
G:マエストロFUZZ TONEが、そういう組み合わせだったんだ※5 。歪みの傾向、という意味ではマエストロFUZZ TONEのテイストを踏襲したかったんだ。さっきも言ったようにTONE BENDERを作った時には回路は全部デザインし直したけどね。当時は今のように、あらゆる組み合わせを試せるほどの種類のトランジスタなんて、部品としては出回っていなかったしね。
——当時、イギリスで発売された最も初期のファズで、WEM社のRUSH PEP FUZZというのがありますが、ご存知でしたか? ジョン・レノンが使ったりして(写真右)有名なのですが。回路はこれもマエストロ FUZZ TONEとそっくりの回路だったとのことです。
G:いや、全然知らないな。
——それから、ロンドンではなくリーズにあるJHS社がTONE BENDER MK1とそっくりのファズ、ZONK MACHINEを同じく1965年に発売しましたが、あれもあなたが関わったファズなのでしょうか?
G:いや、たしかに回路はまったく同じだが、関係ない。(この項続く)
※1 映画音楽の巨匠として、007シリーズ他多くの名作を残しているジョン・バリーの一世一代のヒット曲(62年/初出は映画『Dr. NO』/YOUTUBE版はこちら)。余計な事ですが、ジョン・バリーはジェーン・バーキンの最初の旦那さんでもあります。
※2 上記ジョン・バリー率いるバンド。彼の映画音楽はフルオーケストラとロックのバンド編成のサウンドをミックスしたものが多く、TV出演の際等にはバンド編成で出演することも多かったようです。左のジャケ写はジョン・バリー・セヴン名義のベスト盤。
※3 世界最初のファズ・ペダルとして有名なマエストロFUZZ TONE(写真右)は、単3電池1本、つまり1.5Vで作動する回路(後に単3電池2本=3V動作、に変更になります)だったことも影響してか、強烈なその歪みとは反して殆どサスティンが得られない機材としても知られます。ストーンズ「SATISFACTION」のイントロのブチブチ感をイメージしていただければ分かりやすいかもしれません。
※4 MK1の主な使用ギタリストに関してはこの後別項で検証します。
※5 単3電池で動作するマエストロFUZZ TONEには(おそらくRCA製と思われる)2N270というトランジスタが3ケ使用されているモノが多いと思われますが、そこからなぜハースト氏がTI社製2G381を思いついたのか、その辺を聞きたかったのですが、残念ながら不明なママでした。

3.02.2010

Gary Hurst Interview Part.2

 
 そんなわけでインタビューです。一応時系列でゲイリー・ハースト氏の歩みをご紹介したいと考えているので、順番に今回は「彼がファズを作るにいたるまで」の回、というカンジですね。
——今はどちらにお住まいですか? イタリアにいらっしゃる、と噂で聞いたのですが、今はどんなお仕事をされていますか?
ゲイリー・ハースト(以下G):ああ、今はイタリアに住んでるよ。ここでJMIカスタムショップ製のTONE BENDER復刻モデルをデザインしたりしてる。
——あなたが個人的に一番影響を受けた、というか、お若い頃に大好きだったアーティストはどんな人たちでしたか?
G:初めて買ったレコードはデュアン・エディーのSOME KIND-A EARTHQUAKE※1 だった。それから、シャドウズなんかのインスト・グループに夢中になってね。最近ではマーク・ノップラー(ダイアー・ストレイツ)が大のお気に入りなんだ。でも、今でもシャドウズは大好きなんだよ。イタリアで私はシャドウズのコミュニティー・サイトを運営してるんだ(笑)。
——60年代の頃の話をお聞きしたいのですが、その頃はどちらにいらっしゃったのでしょうか?
G:住んでたのはロンドンから北西に50kmほど離れたプリンセス・リスボロウっていう小さな街。仕事はシティー(ロンドン中央部)でやってたけどね。
——あなたが楽器/機材関係の仕事をするようになったのは、どういった経緯だったのでしょうか? 初めはどこかの会社に入社されていたのでしょうか?
G:最初のころは「ウルトラソニックス社」とか「ハイファイ・イクイップメント社」※2 っていう会社に勤めていた。その後、60年か61年に、VOX、つまりトム・ジェニングス社※3 の工房で働き始めた。そこではVOX AC30のトップブースト回路を沢山作ったよ。あそこでは当時の新製品用にテープ・エコー・ヘッドを試作品として開発したりもした。後にVOX ECHOとして商品化※4 されたけど、あれは私がシャドウズのエコー・ギター・サウンドをイメージして開発したんだ。そんな頃に、トム・ジェニングス、つまり我々のボスが「VOXのテクニカルサービスセンター兼プロモーション用のショウルーム」をロンドンの真ん中に作りたい、と言い出した。そしてトムが私に、そこの責任者になってくれないか、とお願いしてきた。それを請け負ったんだ。チャリング・クロス・ロードのすぐ側の、ニュー・コンプトン・ストリートってところにあったんだ。しばらくしてJMIはそのショウルームを畳むことにしたんだけど、折角なので、それまでの経験を有効活用しようと思って、新たにすぐ側のデンマーク・ストリートに新しい物件を探して、そこの2階を自分の工房にしたんだ。
 だが、その数ヶ月後、急にイタリアに移ることになった(笑)。イタリアに行ったのはそれが初めてだったんだけど、その時エルカ(ELKA)というブランドのCAPRIっていう電子オルガンの設計をすることになってね。それ以来、フリーで仕事をするようになったわけだ。
——イギリスに戻られたのは?
G:65年の4月にロンドンに戻ってきた。イタリアに行く前に放ったらかしにしてた、新製品の開発とか電子回路のデザインを再びやりだしたんだ。帰ってきてからはデンマーク・ストリートにあるMUSICAL EXCHANGEのバックルームを私の工房にしたってわけさ※5。(この項続く)
※1 59年発表曲。デュアン・エディーは翌60年のPETER GUNN/ピーター・ガンのテーマでも有名ですね。
※2 どちらも懸命に検索してみましたが、これらの会社の詳細は不明でした。申し訳ありません。
※3 今でもよく間違われたりすることが多いですが、今も当時もVOXという名の会社はありません。厳密に言えば70年代にほんの一時期VOX LIMITEDという会社になったことがありますが、当初はトム・ジェニングス率いるJMI社のブランドの名、そしてその後1964年にVOXというブランド名の商標権がバラ売りされ、北米地域ではその商標権をTHOMAS ORGAN社が買ったことは有名ですね。その後前述したVOX LIMITEDや英ROSE MORRIS社なんかを経由して、今はVOXの商標権は世界的にKORG社が獲得しています。
※4 右に掲載した写真(クリックで拡大します)は、そのVOX ECHOを掲載したカタログ。インスパイアどころかちゃんと「シャドウズ・モデル」と書いてありますね(笑)。
※5 ロンドン中央部の地図写真をここに載せてみました。青く色をつけた大英博物館の左下、大きな(肌色の)道路の交差点がトテナム・コート・ロード(昔ここにVIRGINメガストアがありましたね)、その右下の方に楽器街があり、赤い部分がデンマーク・ストリート、赤茶色の部分がニューコンプトン・ストリート。つまりすぐ側ってことですね。この地図からは見切れてますが、地図右下のほうには有名なビッグベンや国会議事堂やらが、下のほうにはバッキンガム宮殿があります。ロンドンは狭いのに(全部徒歩でいけます)何でもあってホント楽しい街ですね。MUSICAL EXCHANGEは楽器屋さんの名前ですが、これに関しては詳細を別項にて紹介する予定です。

2.26.2010

Gary Hurst Interview Part.1

 
 本ブログはTONE BENDERというロック史に欠かせない(そして筆者が愛して止まない)ファズ・エフェクターに関するモロモロを紹介するものですが、最近そのTONE BENDERのオリジネイター、最初の開発者である伝説の技師ゲイリー・ハースト氏にインタビューさせていただく機会を得ました。というか、強引に当方がセッティングして、強引に雑誌に掲載してもらったようなモンなんですが。

 すでにそのインタビュー文は現在発売中のTHE EFFECTOR BOOK VOL.7(シンコーミュージック刊)に掲載済みですが、誌面っていうものはいつの時代も「限りがある」ものでして、発言の意図を変えない範囲で編集・改変され、短縮してまとめた文章になっています。そこで本ブログでは改めて、補足情報なんかも加えて、当方がゲイリー・ハーストに直接聞いたことをなるべく全部そのまま掲載したいと思っています。なお、このインタビューの再掲載に関しては「THE EFFECTOR BOOK」編集部の許可もキチンと得ております(太っ腹な編集部S氏に感謝です。またお好み焼き食いにいきましょう。笑)。
 名前ばかりが先行して伝説化してしまう60年代のロック・ヒストリーですが、その生証人みたいな人に直接当時のことを聞けるのですから大変貴重なやりとりでした。その経緯や、彼の人となり、そして現在もファズとエレキギターに熱い情熱を持つゲイリー・ハースト爺(笑)を、少しずつにはなりますが「GARY HURST INTERVIEW」というタイトルでいくつか連載で紹介していくつもりです。

 なお、掲載した写真は本人から送ってもらった写真ですが、JMIから限定で発売された木製ケース入りの「MK1」プロトタイプの復刻品を丁度彼がロンドンの工房で制作してる最中の写真ですね。