8.25.2011

Wah Wah and Del Casher (Part 1)

 
 ちょっとだけTONE BENDERから離れて、ワウ・ペダルのことを書きたいと思います。TONE BENDERと比べると圧倒的にユーザーも関連製品も多種多彩ですし、なんと言っても現行品があるということは、40数年にわたって絶えず愛され続けたっていうことですから、世界中に真摯でディープなファンがいることも存じています。

 ではなぜかというと理由がありまして、筆者が大好きだから、それと、現JMIから新製品ワウが発売されたから、という少々強引な2大動機に基づくわけです(笑)。JMIの新製品に関しては追ってご紹介しますが、簡単にワウの歴史を追ってみたいと思います。

 ワウ・ペダルを開発したのはVOXというブランドということになっています。多くの文献が残されているのでそれをまとめると、60年代中頃、アメリカのトーマス・オルガン社(ご承知のとおり、当時アメリカでVOXのブランド・ライツを持っていた会社です)のブラッド・プランケットというエンジニアが米国の自社製トランジスタ・アンプ「SUPER BEATLE」のミッドレンジ・ブーストをいじっていたとき(註:これはアンプのコストダウンのために、回路の改良をいろいろやっていた、ということです)、奇妙なトーン・フィルタリング効果を見出しました。

 当時アメリカでビッグ・バンドに参加していたギタリスト、デル・キャッシャーがその奇妙な効果に興味を持ち、ブラッド・プランケット氏に「それ、面白いね。その回路をボリューム・ペダルに入れたら、足でコントロールできるんじゃないか?」という案をオファーしました。当初は「面白い」という感想で進捗していったプロジェクトでしたが、直後にこのアイデアは「まるでトランペットのミュート音をシミュレートしているかのような」エフェクトだ、としてその開発は商品化を前提に進められたようです。

 ここで当然、デル・キャッシャーて誰よ?という話題になるのは必然です。前述したように、当時のセッション・ギタリストであり、一時はエルヴィス・プレスリーのバックも担った経験があるようですが。60年代中頃にはトーマス・オルガン社のコンサルタントも務めていて(技術的、というよりは宣伝に一役買うプレイヤーという立場だったようです)VOXブランドお抱えのビッグ・バンドでも演奏していたとのこと。
 デル・キャッシャーは今だ現役のギタリストで(註:1938年生まれ/現在73歳)、本人のウェブサイトもあることですから詳しいプロフィールは本稿では省きますが、とにかくワウの第一歩という歴史的な地点に立っていた人物、ということですね。余談になりますが、デル・キャッシャー氏はなんとローランド社の創業者と友人関係にあり、最初にギター・シンセサイザーが開発された時に、世界で初めてそのシステムを導入したギタリストでもあるんだそうです。日本ととても関係の深いギタリストだったんですね。

 それはともかく、デル・キャッシャー氏は今も「自分がワウ・ペダルを開発した」と言い張る方ですが(笑)、別に当方がそこにツッコミを入れるつもりはありません。上記のようにワウの製品スペック全てをデル・キャッシャーが開発したわけでもなく、VOXのエンジニアがその全部を開発したわけでもない、と今は全て判っているからです。

 さて、では当時試作されたワウってのはどんな中身だったか。これはデル・キャッシャー本人がその現物を今も所持していることから、かなりの事実が既に判明しています。
 筐体はVOXのボリューム・ペダルがそのまま流用され、スイッチはミルフィーユ状のもの(おそらくイギリスARROW製品かと推測されます)、ジャックはスイッチクラフト、そして一番気になるインダクターはスタックオブダイム、と思われる樹脂で固められたものです。回路はラグ板にハンドワイアードされたもので、筐体に直にネジ止めされています(註:右上に掲載した写真で、デル・キャッシャーが右手に持っているワウは紛れも無く本人のブツですが、掲載した他の写真は同時期に同スペックで制作された別個体のプロトタイプのワウです。一部パーツは交換されたようです)

 ついでではありますが、当時のVOX製ボリュームペダルの写真も載せてみました(インプット/アウトプットともにケーブルが直で延びているブツ)。当方の所持品ですが、まあこれはちょっと探せば今も比較的入手は可能ですしね。なんで写真を載せたかというと、前面のロゴは刻印になっており、白く塗装されていること、足で踏むラバー部分のデザインは(後の製品化されたVOXワウとは)異なること、そしてなんといってもグレイ・ハンマートーン塗装であること、というのがお判りいただけると思います。

 67年、デル・キャッシャー氏はVOXブランドで製品化されることになったその新しいエフェウター「ワウ」のデモ演奏をVOXのために残しています(レコーディングはカリフォルニアで行われました)。またその録音音源はサンプル7インチ・レコードにもなり配布され、またその音源を使用してアメリカではラジオCMも制作されました。

 そんなわけで、その試作品を元にVOXブランドからギタリスト向けに「ワウ」ペダルが発売されることになったわけですね。試作機は1966年に出来上がり、実際に製品版が発売されたのは翌67年、とされています。

 ところが、ここで奇妙な疑問が浮かびます。本稿の一番上に掲載した写真は、1967年にアメリカのVOX(=トーマス・オルガン社)が配布した店頭用チラシ(B4くらいの小さなポスター)です。そして本稿の一番最後に掲載した写真(右下)は、イギリスで1967年にVOX(=当時のJMI社)が出した広告です。上の方の赤いチラシに掲載された製品写真は現在もとても見慣れた、黒いボトム部分&クロームの足踏み部分、そしてデカいVOXロゴの入ったラバー、というルックスなわけですが、下に掲載した白黒イギリス広告の方に載った製品写真は、それとは全く異なるルックスをしています。

 実は、イギリスのVOX、つまりJMI(当時)社は、当初「アメリカで開発された、なんだかワウワウワウワウって音がする奇妙なエフェクター」の英国発売には、あまり乗り気ではなかった、という記述を見つける事ができます。もちろん当時の詳しい状況の確証を得ることは今では不可能ですが、おそらく「米国製品を輸入するとコストに見合わない」という事情もあったのではないか、と推測できます。当時、英国が米国から楽器を輸入すると恐ろしい関税がかかったからです。このことは、ギターの歴史に詳しい方ならご承知かとも思われます。
 そのこととどのくらい関係があったか、勿論それすらも推測の域を出ませんが、結果として1967年、イギリスではJMI社がVOXブランドで「英国製の」ワウ・ペダルを発売することになります。(この項続く)
 

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